2008年02月25日
泥棒
今回の記事も長いです。
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二人の"泥棒"に気をつけよう。
もし、過去の間違いを悔いてばかりいたり、
あるいは未来のことを心配していると、
これら二人の泥棒が、あなたから活力、
洞察力、心の平安を奪うことを知るべきである。
ジョセフ・マーフィー博士の名言です。
『マーフィーの法則』の人物ではありません。
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※穴馬なりの解説
私には、過去に間違いがあります。
このブログで公表しました、公表しない方もおられます。
他者から見て、
見る方によっては間違いであり、間違いでないという見解もあります。
短所と長所で言いますと、自分が長所と思っていても、
他人から見れば短所という判断の場合があるので違います。
この逆も言えます。
で、過去の汚点を公表できるのは、悔いていないからです。
悔いているようでは、先に進めません。
もちろん、良い方向に進んでいます。
さて、解説です。
タイトルにある『泥棒』ですが、
名言にもあるように、二人の泥棒です。
一人目は、過去の間違いを悔いてばかりいる意識です。
二人目は、未来のことを心配している意識です。
意識と書いていますが、気持ちや想いです。
これらの二人の泥棒が、
やる気や、平常心、辺りも観る観察力を盗むんです。
日本語は難しいですよ、
『辺りも観る観察力』ですから、
辺りだけでなく、辺り以外も自分も観る観察力です。
『客観的に見ているもう1人の自分』と、たまに私は書いています。
私がどのようにしているか、書きます。
常に、自分も観察しています。
自分も…ですから、他も観察しています。
観察力を養えば、
視野は広がりますので、直接目を向けなくても見えます。
ある場面に出くわしたら…と想定しても、心の目で観察します。
そう、仮定のイメージに対しても観察しています。
慣れてくれば、いつも観察しているもう1人の自分がいます。
これが、『客観的に見ているもう1人の自分』です。
観察力が養われれば、観察するモノが増えますから、
自ずと思考力が高まり、平常心も高められ、洞察力も高められます。
気を許せる相手には、こういうことはしません。
私が気を許せるということは、相手も私に気を許しているはずだからです。
お互いに気を遣わないんで、悩みや愚痴話をします。
悩みや愚痴を聞けば発動します。
結果的には、二重人格になったような感じです。
1人で行動している時は、ポーカーフェイスです。
クールな感じにも見えますが、人間味の無い冷たい人にも感じます。
ここで、私の例を書きますので、普通に読んで下さい。
私が●与太にいる時、明日は休みだからと、
寮から歩いて10分の近くにある八剣伝に1人で飲みに行ってました。
生中を10杯飲んでそこそこ酔ってきました。
これくらいだったら、二日酔いにならないと頭で思います。
もう飲まなくても良いんですが、
これ以上飲むと明日は名古屋に行くのに差し支える。
こういう場合も、客観的に自分を観ています。
結果は、もう飲まずに寮に戻りました。
この記事を書きながらも、読んだ人は分かるかな?とか、
読みやすいかな?とか客観的に観ています。
おかげで、
某銀行や南文のところで酔い潰れて寝るなんてことは無くなりました
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二人の"泥棒"に気をつけよう。
もし、過去の間違いを悔いてばかりいたり、
あるいは未来のことを心配していると、
これら二人の泥棒が、あなたから活力、
洞察力、心の平安を奪うことを知るべきである。
ジョセフ・マーフィー博士の名言です。
『マーフィーの法則』の人物ではありません。
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※穴馬なりの解説
私には、過去に間違いがあります。
このブログで公表しました、公表しない方もおられます。
他者から見て、
見る方によっては間違いであり、間違いでないという見解もあります。
短所と長所で言いますと、自分が長所と思っていても、
他人から見れば短所という判断の場合があるので違います。
この逆も言えます。
で、過去の汚点を公表できるのは、悔いていないからです。
悔いているようでは、先に進めません。
もちろん、良い方向に進んでいます。
さて、解説です。
タイトルにある『泥棒』ですが、
名言にもあるように、二人の泥棒です。
一人目は、過去の間違いを悔いてばかりいる意識です。
二人目は、未来のことを心配している意識です。
意識と書いていますが、気持ちや想いです。
これらの二人の泥棒が、
やる気や、平常心、辺りも観る観察力を盗むんです。
日本語は難しいですよ、
『辺りも観る観察力』ですから、
辺りだけでなく、辺り以外も自分も観る観察力です。
『客観的に見ているもう1人の自分』と、たまに私は書いています。
私がどのようにしているか、書きます。
常に、自分も観察しています。
自分も…ですから、他も観察しています。
観察力を養えば、
視野は広がりますので、直接目を向けなくても見えます。
ある場面に出くわしたら…と想定しても、心の目で観察します。
そう、仮定のイメージに対しても観察しています。
慣れてくれば、いつも観察しているもう1人の自分がいます。
これが、『客観的に見ているもう1人の自分』です。
観察力が養われれば、観察するモノが増えますから、
自ずと思考力が高まり、平常心も高められ、洞察力も高められます。
気を許せる相手には、こういうことはしません。
私が気を許せるということは、相手も私に気を許しているはずだからです。
お互いに気を遣わないんで、悩みや愚痴話をします。
悩みや愚痴を聞けば発動します。
結果的には、二重人格になったような感じです。
1人で行動している時は、ポーカーフェイスです。
クールな感じにも見えますが、人間味の無い冷たい人にも感じます。
ここで、私の例を書きますので、普通に読んで下さい。
私が●与太にいる時、明日は休みだからと、
寮から歩いて10分の近くにある八剣伝に1人で飲みに行ってました。
生中を10杯飲んでそこそこ酔ってきました。
これくらいだったら、二日酔いにならないと頭で思います。
もう飲まなくても良いんですが、
これ以上飲むと明日は名古屋に行くのに差し支える。
こういう場合も、客観的に自分を観ています。
結果は、もう飲まずに寮に戻りました。
この記事を書きながらも、読んだ人は分かるかな?とか、
読みやすいかな?とか客観的に観ています。
おかげで、
某銀行や南文のところで酔い潰れて寝るなんてことは無くなりました

